大阪地方裁判所 平成5年(ワ)6246号 判決 1994年7月21日
西宮市津門西口町五-三二-五〇二
原告
橋本昇司
右訴訟代理人弁護士
岡嶋豊
同
小松陽一郎
大阪市淀川区三津屋南二丁目一〇番一号
被告
オリオン株式会社
右代表者代表取締役
小西靖介
右訴訟代理人弁護士
藤井俊治
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 被告は原告に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年七月一五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 事案の概要
一 原告と被告の関係
被告は菓子類の製造及び販売等を目的とする会社であり、原告は、昭和五二年から昭和五六年まで被告に勤務していた(争いがない。)。
二 被告の意匠権
被告は、次の意匠権を有している(以下「本件意匠権」といい、その登録意匠を「本件意匠」という。)が、本件意匠は、昭和五四年二月八日、被告により、原告を意匠の創作をした者として意匠登録出願され、昭和五六年九月一八日に登録されたものである(争いがない。)。
登録番号 第五六六四〇七号
意匠に係る物品 包装用容器
登録意匠 別紙意匠公報記載のとおり
三 被告から原告への特別給付
被告は、昭和五四年七月五日、原告に対し同一資格で同期入社の同僚従業員の賞与額より三〇万円多い賞与を支給したほか、被告会社の株式一四〇〇株(七〇万円相当、配当率年六パーセントないし一〇パーセント)及び銀製の懐中時計を支給した(争いがない。以下、これら給付を一括して「原告の受けた特別給付」という。)。
四 請求の概要(各請求は選択的併合)
1 請求一
被告は、本件意匠について意匠登録を受ける権利を原告から承継していないにもかかわらず、原告に無断で意匠登録出願をして本件意匠権の設定の登録を受け、また、昭和五四年四月ごろ、原告の意思に反して、本件意匠を使用した容器入りの子供用菓子「ミニコーラ」を販売して、本件意匠を公知にしたものであり、原告は被告の右各行為(不法行為)により本件意匠について意匠登録を受ける権利を喪失し、本件意匠権の価値相当額の損害(少なくとも一〇〇〇万円)を被ったと主張して、不法行為による損害賠償として一〇〇〇万円を請求。
2 請求二
被告が、本件意匠について意匠登録を受ける権利を原告から承継していないにもかかわらず、原告に無断で意匠登録出願をして本件意匠権の設定の登録を受けこれを不当に利得したことによって、本来意匠権者となるべき原告は、意匠権を取得することができなくなり、本件意匠権の価値相当額(少なくとも一〇〇〇万円)の損失を被っていると主張して、不当利得一〇〇〇万円の返還を請求。
3 請求三
本来原告が本件意匠について意匠権を取得すべきところ、被告が本件意匠権を取得し、本件意匠を使用した容器入りの「ミニコーラ」を販売して、義務なくして自己のためにする意思をもって他人(原告)の事務を管理していたので、いわゆる準事務管理が成立すると主張して、被告の得た利益一〇〇〇万円の償還を請求。
五 争点
1 原告は本件意匠の創作者か(本件意匠権を取得すべき地位を有していたか)
2 被告は原告から意匠登録を受ける権利を承継したか。
3 各請求について、消滅時効が成立しているか。
4(一) 請求一において、原告に生じた損害額。
(二) 請求二において、原告に返還されるべき利得の額。
(三) 請求三において、原告に償還されるべき利益の額。
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点1(原告は本件意匠の創作者か)
1 原告の主張
本件意匠は、被告作成にかかる本件意匠の登録願(甲三)に意匠の創作者として原告の氏名が記載されているとおり、原告が創作したものである。その経緯は、以下のとおりである。
原告は、昭和五三年暮れか、昭和五四年初めごろ、原告の実父が経営する橋本化工有限会社(以下「橋本化工」という。)が製造販売していたプラスチック製醤油容器のプルトップ型のものとプラスチック製フィルム入れ容器を被告会社の販売会議に持参し、容器の全体形状は右フィルム入れ容器と同様にし、上部には右醤油容器のプルトップ型を組み込むように提案した。また、原告が、容器側面については、赤と白とを組み合わせて、コカ・コーラ缶に似た模様とすることを提案したところ、出席者全員が賛成した。「ミニコーラ」の名称は、当時被告の常務取締役であった種継義雄(以下「種継」という。)が発案した。
そこで、当時被告と取引のあった大日本印刷株式会社(以下「大日本印刷」という。)の社員であった藤原義裕(以下「藤原」という。)、原告及び種継が打合せをし、原告は、藤原に対し、円筒状の側面の模様としてコカ・コーラ缶に似た図面を何種類か書いてくること、なお、それらの図面には被告会社の社標である星型や「ミニコーラ」の名称を書き入れることを指示した。後日、藤原らは、デザイン会社のグリーンハウスに外注し、数種類の図案を持参した。その中には、コカ・コーラ缶の白地部分と同じような逆S字状の曲線を二本線にし、その曲線を星を並べて模様にしたものや、曲線状ではなく稲妻状に折り曲げたものなどがあった。原告は、これらの図案を検討し、星を並べるのではなく、白の二本線にしようと種継に提案し受け入れられた。
このようにして、原告は本件意匠の全てを創作したのである。
2 被告の主張
本件意匠は、被告会社の業務の過程で、複数の者の関与によって創作されたものであり、原告が一人で創作したものではない。
種継は、昭和五三年七月の被告会社の生販会議で、一年中売れるようなコーラ味のラムネ菓子の開発が提案されたことを受け、同年八月の会議で、三五ミリ写真フィルムのパトローネを入れるプラスチック製容器を示し、このような容器の中に小粒化したラムネ菓子を入れ、ふたの部分は缶コーラのイメージでプルトップ型にしてはどうかと提案した。なお、三五ミリ写真フィルムのパトローネを入れるプラスチック製容器を参考にすることについては、商業印刷株式会社(以下「商業印刷」という。)の森口勝三(以下「森口」という。)からヒントを得た。
右包装容器の側面の模様の素案を提案したのは当時営業部長であった小西靖介(現在代表取締役。以下「小西」という。)である。被告は、右素案を図案化するよう商業印刷に発注し、常勤のデザイナーを抱えていなかった商業印刷は、これをデザイナーの澤田義一(以下「澤田」という。)に外注した。澤田は、昭和五三年一一月ごろまでに、缶コーラの雰囲気を漂わせる容器側面の図案を作成した。
本件意匠のうち、原告が関与したのは、容器上面のふたの部分の意匠だけである。原告は、ふたの部分は缶コーラのイメージでプルトップ型にするという種継の提案を受け、橋本化工において製造販売されていたプラスチック製醤油容器のふたの部分の構造をプラスチック製菓子容器のふたに応用することができると申し出ただけである。
なお、被告が、原告が本件意匠の一部分の創作にしか関与していないにもかかわらず、原告を創作者として意匠登録出願願書に記載した理由は、原告が被告会社の商品開発の現場担当従業員であったこと及び若年で将来のある原告に対する激励の意味を込めたことのほか、プルトップ型のふたを備えるプラスチック容器成型加工の経験のある橋本化工に本件意匠のプラスチック容器部分を注文する予定であったこと、原告が本件意匠の意匠登録出願手続に直接たずさわっていたこと等を考慮したためである。
二 争点2(被告は原告から本件意匠登録を受ける権利を承継したか)
1 原告の主張
原告は、原告が創作した本件意匠について意匠登録を受ける権利を被告に承継させたことはなく、本件意匠について意匠登録出願がされ、被告が意匠権者となっていることは、平成五年五月に初めて知った。
なお、原告の受けた特別給付は、本件意匠の創作への寄与に報いる趣旨で与えられたものではない。すなわち、右給付の内三〇万円については、本件意匠を使用した容器入り子供用菓子「ミニコーラ」の注文が大量に来るようになり、橋本化工に右容器の大量発注がされたが、材料の確保が大変であったため、原告が特に尽力したことへの評価と聞かされている(被告の急激な売上増により、他の社員も大入り袋的にもらっていたかもしれない。)。次に、被告会社の株式七〇万円相当分については、被告会社に社員持株制度があり、他の社員も同様の給付を受けていると聞かされており、原告も他の社員と同様に支給されたものである。懐中時計については、いいアイデアを提案した記念品としてもらったが、対価という程のものではない。
また、仮に、右特別給付が本件意匠の創作への寄与に報いる趣旨のものであるとしても、それは、右給付額が、原告が受けた損害額(請求一)、原告に返還されるべき被告の利得の額(請求二)又は原告に償還されるべき被告の利益の額(請求三)から控除されるというだけのことである。本件各請求は、実質的には、意匠法一五条三項で準用される特許法三五条三項により認められる権利の承継に対する相当の対価と同趣旨のものであるところ、右対価請求権の規定は「従業者という労働者保護法であるから、強行規定であり、右に反する契約、勤務規則その他の定めは無効である。」(村林隆一「職務発明論」民事特別法の諸問題一二頁)。したがって、これらの給付をもって、本件意匠登録を受ける権利の譲渡の対価とみなすことは許されない。後述する原告が受けた損害額(請求一)、原告に返還されるべき被告の利得の額(請求二)又は原告に償還されるべき利益の額(請求三)と比較して均衡を失しているので、単にそれらの金額相当分が控除対象となるに過ぎないものである。
2 被告の主張
本件意匠登録出願に際し、当時被告会社の総務部長であった林義勉(以下「林」という。)は、原告に対し、本件意匠の創作に一部関与した原告を便宜上創作者と表示して、被告が出願人として本件意匠登録出願をすることを原告に告げ、原告も被告の右登録出願を了承し、原告は本件意匠につき意匠登録を受ける権利を被告に承継させた。また、原告は、被告の担当職員として、原告を意匠創作者、被告を意匠登録出願人とする本件意匠登録出願手続に直接関与していたし、本件意匠を使用したミニコーラ容器のラベルに、本件意匠が登録される前は、意匠登録出願中とのみ記載されていたが、本件意匠が登録された後は、その登録番号が明記されていることを知っていた。また、原告の受けた特別給付がされた際、被告会社の当時の社長長谷川が、全従業員の面前で、原告を創作者としてミニコーラ容器の意匠登録を出願中であることを話している。したがって、被告が被告を出願人とした本件意匠登録出願をしたことを、原告が知らなかったということはあり得ない。
原告の受けた特別給付は、原告の本件意匠の創作への寄与に報いる趣旨で与えられたものであり、内容的にも原告の寄与に報いるに十分なものである。なお、三〇万円について、原告は、本件容器の材料確保のために原告が特に尽力したことへの評価と聞かされていると主張するが、被告が本件意匠を使用した容器のプラスチック部分の成型加工を橋本化工に発注し始めたのは昭和五三年九月ごろで、「ミニコーラ」の売上が上昇したのは昭和五四年三月ごろのことであったが、原告は当時二四歳で、社会に出て二年目に過ぎず、右容器の材料確保に対し、何の役割も果たしていない。容器製造のためのプラスチックの原料確保は、長谷川の奔走で達成されたことであり、仮に橋本化工において右原料の確保に努力したことがあったとしても、それは橋本化工自身の営業のためにされたものであって、そのことについて被告会社従業員であった原告が特別賞与を授与される理由はない。また、被告会社の株式七〇万円相当分について、原告は、社員持株制度によるものであると主張するが、この制度が適用されるのは、主任以上の職にある者についてであり、しかも有償である。原告は、昭和五四年七月当時、入社三年目の社員であり、右制度の適用を受ける地位に至っていないにもかかわらず、一四〇〇株を無償で交付されているのであるから、社員持株制度によるものでないことは明らかである。懐中時計について、原告は、いいアイデアを出した記念品であり、対価ではないとするが、原告の受けた特別給付は全部同時期にされたものであり、懐中時計についてのみ本件意匠に関する記念品であるというのは不合理である。
三 争点3(各請求について、消滅時効が成立しているか)
1 被告の主張
(一) 原告は、本件意匠登録出願日である昭和五四年二月八日以前に、被告が出願人となって本件意匠登録出願をすることを知っていた。
(二) 原告は、本件意匠を使用した容器入りミニコーラの販売が開始された昭和五四年初めころには、被告が出願人となって本件意匠登録出願をしたことを知っていた。
(三) 原告は、昭和五四年七月五日(原告の受けた特別給付がされた日)ころには、被告が出願人となって本件意匠登録出願をしたことを知っていた。
(四) 原告は、本件意匠登録の査定の通知があった昭和五六年一〇月末日ころには、被告が出願人となって本件意匠登録出願をしたことを知っていた。
(五) 以上の事実からすると、請求一については、(一)ないし(四)のいずれを起算点とする場合にも、原告が損害及び加害者を知った日から三年が経過した。被告は、平成五年一二月一六日の本件口頭弁論期日において、右消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
また、請求二及び請求三についても、原告が権利を行使することができる時から一〇年を経過した。被告は、同口頭弁論期日において、右消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
2 原告の主張
請求一について、三年の消滅時効の起算点は、原告が被告の冒認出願を知った平成五年五月である。また、二〇年の除斥期間の起算点は、ミニコーラの販売が開始された昭和五四年四月ごろである。したがって、請求一について、被告の主張する消滅時効は完成していない。また、除斥期間も経過していない。
請求二及び請求三については、本件登録意匠は現に存在しており、被告は日々その独占権を有することによる利得を得ており、反面原告は意匠権者であれば得るべき利益を失い続けているから、消滅時効は完成していない。
四 争点4(原告に生じた損害等の金額)
1 原告の主張
(一) 請求一について
原告の本件意匠登録を受ける権利が、被告の冒認出願及び本件意匠を使用した容器入りのミニコーラの販売によって侵害されたことにより原告に生じた損害額は、本件意匠権の価値相当額である。そして、その額は、意匠権の価額から通常実施料相当分を差し引いた部分であり、それは販売価格の三パーセントを下ることはない。そして、その期間は、意匠権の存続期間が設定登録の日から一五年間であること(意匠法二一条)に鑑みれば、少なくとも一〇年分は計上されるべきである。
そして、被告の主張によれば、本件意匠を使用した容器入りミニコーラの売上は、平成四年度は月平均一六五万個、平成三年度は月平均一三三万個であったから、少なくとも月平均一〇〇万個は下らない。販売価格については、一個一八円から二一円であるから、ミニコーラの一〇年分の販売額は、少なく見積もっても、一八円×一〇〇万個×一二か月×一〇年で二一億六〇〇〇万円となり、その三パーセントとすると六〇〇〇万円を超えることになる。したがって、被告の販売への寄与を考慮しても一〇〇〇万円を下ることはない。
(二) 請求二及び請求三について
請求二において、原告に返還されるべき利得の額、請求三において、原告に償還されるべき利益の額についても、請求一の場合と同じく、期間は一〇年、販売価格の少なくとも三パーセントを下ることのない実施料相当額が認められるべきであり、その額は一〇〇〇万円を下ることはない。
2 被告の主張
(一) 請求二について
仮に原告が本件意匠を創作した者であったとしても、被告は、意匠法一五条三項により準用される特許法三五条一項により、本件意匠について通常実施権を有するものであるから、被告が本件意匠を使用した容器入りミニコーラの販売により得た利益は、被告が法律上の原因なくして得た利得ではない。その場合の利益調整は、意匠法一五条三項で準用される特許法三五条三項による対価請求権によって処理されるべきものであるところ、原告は、本件訴訟の当初対価請求権として一〇〇〇万円を請求していたが、途中でその構成では消滅時効の抗弁が成立すると判断したため、対価請求権の主張を撤回し請求二の主張を追加したという経緯からみても、右請求は理由がない。
(二) 請求三について
準事務管理なる概念が承認されるとしても、被告は、前述のとおり本件意匠について通常実施権を有するから、本件意匠を使用した容器入りミニコーラの販売について、原告に利益を償還すべき理由はない。
第四 争点に対する判断
一 争点1(原告は本件意匠の創作者か)
1 本件意匠のふたの部分の構成が、橋本化工で製作していた醤油プラスチック容器のふたの部分の構造を参考に原告により提案されたものであることは当事者間に争いがない。
2 原告は本件意匠全体を原告が単独で創作したと主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分もあり、また、被告作成にかかる本件意匠の登録願(甲三)には、原告が本件意匠の創作者と記載されているけれども、後記事実認定のとおりと認められるから、原告が本件意匠の共同創作者ということはできても、その全体を原告が単独で創作したと認めることはできない。
3 (事実認定)
証拠(乙一ないし六、一〇、一一、一六ないし一九、検乙一、二、被告代表者小西)によれば、本件意匠は被告が販売を計画していたコーラ味のする子供用ラムネ菓子の包装用容器に使用する目的で創作されたものであること、右包装用容器の意匠については被告会社の昭和五三年七月に開催された生販会議で検討が開始されたこと、右会議の構成メンバーは取締役全員、営業部員全員、製造部と総務部は幹部職員であったが、原告は総務部所属の幹部候補職員として右会議に参加していたこと、同年八月に開催された同会議において、当時の種継常務が三五ミリ写真フィルムのパトローネを入れるプラスチック容器を示して、このような容器の中に小粒化したラムネ菓子を入れ、ふたの部分は缶コーラのイメージでプルトップ型にすることを提案したこと、右提案に基づき本件意匠の全体形状が決定されたこと、原告は右提案を聞いて、自分の父の経営する会社(橋本化工)がちょうど醤油を入れるプラスチックの容器のふた部分を製造しているのでそれを参考に持参すると発言し、その二、三日後に橋本化工で製造されているプラスチック容器のふた部分の現物を被告に提出したこと、右現物を参考に本件意匠のふた部分の構成が決定されたこと、容器側面の模様については、当時の常務取締役(現代表取締役)小西がコカ・コーラ缶をイメージしたものにしたいと提案し、右提案に基づいて被告から商業印刷にそのデザインを依頼し、商業印刷がこれをデザイナーの澤田に外注して作成されたものであること、このような複数人の共同作業の結果を種継常務が取りまとめて本件意匠が決定されたこと、以上の事実が認められるから、原告は本件意匠の共同創作者の一人と認めることはできるけれども、本件意匠全体が原告一人の創作によるものと認めることは到底できない。
なお、原告が本件意匠の共同創作者の一人にすぎないのに、本件意匠の登録願(甲三)において被告が原告を本件意匠の創作者と記載したのは、当時被告の幹部候補生だった原告の将来を期待して特に優遇する趣旨と被告が本件意匠を使用したミニコーラ容器を原告の父の経営する橋本化工に依頼して製造することへの配慮によるものと推認される(被告代表者小西及び弁論の全趣旨)。
二 争点2(被告は原告から本件意匠登録を受ける権利を承継したか)
原告は、本件意匠の意匠登録出願は原告に無断でされたものである旨主張し、原告本人尋問の結果中には、右主張に沿う部分もある。しかしながら、被告において、原告を創作者として意匠登録出願をしながらそれをわざわざ原告に隠しておく理由は考えられず(もし原告に無断で意匠登録出願をするのであれば、創作者を原告以外の者にするはずである。)、右本人尋問の結果はただちに採用することはできない。
かえって、証拠(乙二、四、被告代表者小西)によれば、原告が本件意匠の意匠登録出願手続に当時の被告の総務部長林と共に関与したこと、その間、原告が、ミニコーラの容器の側面の模様が印刷されたラベル(「実用意匠商標登録申請中」と記載のもの。検乙一)の印刷を商業印刷に発注したこと、原告の受けた特別給付がされた際(なお、被告においては、賞与等を支給する際、全社員を一堂に集め、社長から各人に手渡しで渡す慣例になっている。)、社長長谷川が、ミニコーラがよく売れていること、原告を創作者として本件意匠登録を出願中であること、右特別給付は原告がミニコーラのふた部分の構造を提案したことによるものであることを全社員の面前で話したこと、また、本件意匠が登録されて間もなく、原告がミニコーラの容器の側面の模様が印刷されたラベルに本件意匠登録番号を記載するよう、商業印刷に指示したこと(その結果できたものが検乙二)が認められる。
なお、原告の受けた特別給付が、原告の本件意匠の創作への寄与に報いるに十分なものかについて検討するに、証拠(乙一六、一七、一九)によれば、原告は、原告の受けた特別給付がされたことにより、昭和五四年七月五日の賞与支給の際、現金手取り四三万五〇〇二円、被告会社の株式七〇万円相当及び銀製の懐中時計を得たこと、これは原告と同期の同じ大卒入社社員高岡五郎(当時の姓は長野)が得た現金手取り二五万五二八七円の賞与に比べ、破格の扱いというべきものであることが認められる。そして、原告の本件意匠の創作への寄与は、ふたの形状だけにとどまり、これ単独では意匠権を受けられない程度のものに過ぎないから、原告の受けた特別給付は、原告の本件意匠の創作への寄与に報いるに十分なものというべきである。
以上の諸事実を総合すると、被告が原告から本件意匠登録を受ける権利(共同創作者としての権利)の承継を受けたことは明らかというべきである。
三 結論
そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件各請求はいずれも理由がない。
四 付言
以上により原告の本件各請求の理由のないことは明らかであるが、以下少し付言する。
本件各請求は、被告が販売するミニコーラの包装用容器の意匠を被告の従業員であった原告が創作したとの主張を基礎にするものであり、原告は、ミニコーラの販売によって本件意匠が公知になることを認識・認容していたことは明らかである。原告は、被告が原告の意に反してミニコーラを販売して本件意匠を公知にしたと主張するが、その主張自体不合理であり、また、右主張を裏付ける証拠も存在しない。
そして、意匠法三条一項一号によれば、意匠登録出願時公知の意匠は、意匠登録を受けることができないところ、原告はミニコーラの販売が開始されたことを認識・認容しながら(原告の主張によっても、ミニコーラの販売開始時期は昭和五四年四月ごろである。)その後長期にわたり自らは意匠登録出願をしておらず、結局、仮に原告が本件意匠の創作者であったとしても、原告は、本件意匠について意匠権を取得すべき地位を原告が認識・認容していた右ミニコーラの販売開始によって本件意匠が公知になった時に喪失したといわなければならない。
原告が不法行為と主張するものは、被告が、本件意匠について意匠登録を受ける権利を原告から承継した者でないにもかかわらず、原告に無断で意匠登録出願をして本件意匠権の設定の登録を受けたこと、及び、昭和五四年四月ごろ、原告の意思に反して、本件意匠を使用した容器入りミニコーラを販売して、本件意匠を公知にしたことであるが、ミニコーラの販売が原告の意思に反していたとは認められないことは前述のとおりである。原告は、自ら認識・認容していた被告によるミニコーラの販売によって本件意匠が公知となり、その結果として意匠登録を受けることができなくなったのであって、仮に被告が原告に無断で意匠登録出願をして本件意匠権の設定の登録を受けたものであるとしても、右出願が原因で本件意匠が公知になって原告が意匠登録を受けることができなくなったのではない(ミニコーラの販売開始時期は本件意匠の登録日よりはるかに前である。)。
また、同様に原告が本件意匠について意匠権を受けることができなくなったのは、原告が認識・認容していたミニコーラの販売によって本件意匠が公知になったためであるから、仮に被告が原告に無断で意匠登録出願をして本件意匠権の設定の登録を受けたものであるとしても、被告の利得と原告の損失との間には因果関係がなく、不当利得が成立することもない。
また、原告が本件意匠を創作したものとしても、それは被告の従業者であった当時その職務に属するものとしてしたのであり、被告は本件意匠につき法定の通常実施権を有している(意匠法一五条三項、特許法三五条一項)から、本件意匠を実施するのは当然の権利であり、そのことにより被告が利得又は利益を得たということはできず、この面からみても請求三は理由がない。
(裁判長裁判官 庵前重和 裁判官 小澤一郎 裁判官 本吉弘行)
日本国特許庁
昭和56年(1981)12月16日発行 意匠公報(S)
21-50
566407 意願 昭54-4628 出願 昭54(1979)2月8日
登録 昭56(1981)9月18日
創作者 橋本昇司 西宮市池田町3番10号
意匠権者 オリオン株式会社 大阪市淀川区三津屋南2丁目10番1号
代理人 弁理士 小谷照海
意匠に係る物品 包装用容器
色彩の印刷を省略したから原本を参照されたい。
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意匠公報
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